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2012ディスクゴルフ世界選手権(2012.7.17-21 – Charlotte, NC)

2012年の世界選手権が7月17日から21日に架けて、米国ノースカロライナ州シャーロットで開催された。


日本からは、諸岡(PGM)河合(PGM)菊地(PO)私(PSGM)の4人が参加した。
今回、私の回ったコースは、林間が多く、やや起伏はあるものの、どちらかと言えば平坦な山岳コースといったところ。プロアマ同時開催で、全14コースを使い行われたため、自分のクラス以外のコースはほとんど解らない状態だ。ただ、グランドマスターとシニアは、被るコースが多かった。

全体のホールアベレージも、アメリカとしては中程度であろうか。試合中は、意外と楽にラウンドできたと思っていた。ところが、帰国して直ぐ体調を崩し、半月が過ぎようというのに、朝練を行う体力が戻ってきていない。
考えられる原因としては、大きく3つありそうだ。
1つ目は、1ホールとして気の抜けないタイトなコースだったことで、精神的な疲労が異常に溜まっていたこと。
2つ目は、期間中3度直撃を受けたサンダーストームである。昼間の気温からは想像できないほど、体温を奪い寒さを感じるほどだ。
3つ目は、ホテル内の寒さである。従業員も寒がるほどであった。
しかし、体力には自信があっただけに、今後のトレーニングの見直しを迫られるできごとである。

さて試合の方は、珍しく納得のラウンドが続いた。予選6ラウンド全てアンダーパーを記録した。シニアでベストスコアも記録、海外で初のレイティング1000オーバーも記録できた。
しかし、このクラスのレベルが一気に上がった感がある。
上位のメンバーを見ると、リック ボルクス以外、新しい顔ばかりであった。
トップのリック ボルクスはというと、幅5m、両側樹木、左5mにはOBのコンクリート道路が走っている90mで、フラットな投げ出しから、綺麗にS字ラインを描いて、5m幅に着地させていた。また、120mを超えるコースでは、ディスクは定かでないが(Ape?)134gを使用して、かなりの飛距離を投げていた。相変わらず進化を遂げているようにも見えた。
年齢にあったディスクチョイスも大切な要素であることを痛感した。

もう1つ気が付いたことは、シニアの選手の持ち歩くディスクの枚数が少ないことである。私も振り返ってみると、諸岡さん紹介の、KIMさん車の鍵事件で、ディスクを14枚で回ったラウンドが、同じコースではベストスコアであったし、KIMさんも5枚でラウンドしたスコアが、ベストスコアであった。
3時間を超えるラウンドで、20枚近く持って歩くのは、かなりの体力消耗につながるのかもしれない。

今回、チームジャパンは、菊地選手の健闘で盛り上がった。諸岡選手、河合選手が林間に苦戦する中、後半の菊地選手は、話を聞く限り、ほとんど木に当てないラウンドをしたようだ。
同部屋(私と菊地)で、夢と目標を語り合った5日間。その夢と目標を、日1日と現実に変えていったのが菊地選手であった。
簡単に夢と目標の話をすると、まず、今回、1ラウンドでもレイティング1000を上回りたい。
(私と同じ目標を持ち、翌日2人とも見事実現する)
翌日からは、夢が目標に代わっていく。オープンプロを上位(72名)と、下位に区分けする、プール分けが次の目標と変わった。(確か63位・乗ってきた)
次は、また夢に戻される準決勝進出、目標とするには高すぎる内容。50位以内(実際は55位)これをクリアしたときは、はっきり言って、信じられなかった。
そして最終ラウンド(セミファイナル)、11アンダーパーのラウンドで、エベリー ジェンキンスを逆転して、なんと37位まで順位を上げた。レイティングは1050の表示が・・・。
これはきっと夢に違いない。部屋に戻った2人の会話は、(私)きっと夢だから寝無いのがいいよ。(菊)3ラウンド続けば、まぐれでも夢でもない・・・でも疲れた・・・5秒、すでに熟睡。(私)あ~あ寝てしまったZzzz
帰国当日、夢は覚めることが無かった。

帰国後、菊地選手からメールが来た。体調を崩し、38度の熱が出たそうだ^0^;自身の血、肉を削る過酷なラウンド、修復には少し時間がかかるかもしれない。
いや、いまだ夢の中で余韻に浸っているのかも♪☆zzz

世界のトップ40を切り崩した今、菊地選手の今後の活躍を、期待せずにはいられない。

最後になりましたが、出場に当たり、様々なサポートをして頂いたJPDGA、いつも練習に付き合ってくれる辰巳の森の皆様、それに、大会期間中、私をサポートしてくれたチームジャパン、一番一緒に時を過ごして頂いた韓国のKimさんに、この場を借りてお礼申し上げます。ありがとうございました。
(白井一夫2012.8.8)